トップページ > リレーエッセイ > 【私の経営革新シリーズ】NO.2
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故きを温めて新しきを知る今野印刷株式会社 |
「低成長期に入って以来、特に中小企業にとっては厳しい環境が続いている。(中略)技術革新は、思考の革新も意味する。われわれ中小企業経営者は、自らの変革をもって対応せざるを得ない状況になっている。」
この文章を読んで、もっともだと感じる人は多いはずである。まさに本質を突いた言葉であるからだ。経営革新は、まさに経営者自身のたゆまぬ変革の努力をもって初めてなしえるものである。また、技術革新を含め、変化の激しい時代だからこそ、その変化に対応し、考え方自体を変えていかなければならない。まさに「今の時代」を言い得ている。
実はこの文章を引用したのは、「今の時代」を言い得ているからだけではない。この引用文が、われわれに与えるもうひとつの重要なインプリケーションは、いくら時代が変わっても本質的なものは変わらないということである。なぜならば、引用したこの文章は、今から20年以上前の昭和58年11月の「宮城の印刷」に寄稿された文章の一部分であるからである。寄稿したのは、元理事長の今野智吉氏である。
驚くべきことに、元理事長の言葉は、決して色あせてはいない。種明かしをしなければ、現在の環境のもとで語られた言葉だと錯覚する方々がほとんどではなかろうか。つまり、20年以上前と現在で、経営に関する本質的な問題は、なんら変わらないのである。
デジタル化やインターネットの普及、機械の性能の向上など、変化を挙げれば枚挙に暇はない。しかし、情報に振り回されて、表面的な変化と本質的なものを読み違えると大変なことになってしまう。
まず、技術の革新は、現在に特有の問題ではない。変化のスピードに若干の早い遅いはあるものの、いつの時代も新技術が新しい領域を開拓してきた。ことさら技術の進歩をとりあげて、スピードについてこられないというのは、怠慢以外の何ものでもない。技術の進歩は、予想以上でなければ革新的とは言えないし、予想の範囲内の技術革新にとどまっていたのでは経営革新に結びつくとは考えにくい。重要なのは、自分たちにとってその技術がどのような意味を持つのかをしっかり見極めることだ。目先の変化に翻弄されて、ただ、新しいからというだけで飛びついていたのでは、かえって重要な意味を見失う。
また、価格低下の問題も、新しいようで古い問題である。昭和48年の「宮城の印刷」を紐解くと、次のようなくだりがある。「印刷業界の決起大会といえば外部に向かって、印刷料金を上げてほしいということを言挙げするのが常でした。(中略)業界不振の原因を外に向かって不満の形でぶちまけるのではなく、業界内部の不勉強、意識の遅れの問題としてとらえ、・・・需要家に対する自信と熱意ある説明によって新しい時代に沿った適正な利潤ある経営に切り替えていこう・・・」(今野智吉氏)
印刷価格の問題は、まったくもって今始まった問題ではなく、現在に特有の問題ではないことがわかるはずである。価格の問題は、印刷業界の特殊性を示す問題としても取り上げられるが、競争激化によって価格競争が激化し、価格が下落するという現象は、何も印刷業界だけで見られる現象ではなく、デフレの時代においてはむしろ一般的なことである。これを現在の印刷業界における特殊な問題としてとらえること自体が、正確な現状認識から外れる事になりかねないことなのだ。特別なものとして捉えるのと、一般的なものとして捉えるのとでは結論も違ってくるに違いない。
変化が激しいことや、競争が激しいことを、現在における特殊な現象としてとらえること自体が、非常に危険なことである。もし、変化や競争の激しさが現在の印刷業界に特有なものであれば、何か特殊な処方箋が必要になるからだ。
今までのやり方をまったく変える、何か特別な処方箋を求めるところから悲劇は始まる。その特別な処方箋は、あたかも存在するように見える。多くのコンサルタントや評論家が脅迫概念を植え付ける。「今は特殊なのだから、やり方をすっかり変えなければ、通用しない。」と・・・。特別な処方箋を探せと煽る。しかし、いずれ、あるはずのものがないと感じる。おかしい。でもあるはずだ。とまた探す。結局、あるはずもない特別な処方箋を探し続ける事で、思考が停止してしまう。
そもそものボタンの掛け違いは、現在の印刷業界は特殊だという現状認識である。何か特別なことをやらなければという強迫観念である。現在の印刷業界は、極めて一般的だという前提から始まれば、やるべきことは少しずつ見えてくるような気がする。
ここで、含蓄のある引用をもうひとつ「ろくに印刷を勉強せず、顔と口だけで注文を取って来さえすれば、あとは何とでも商売になるというやり方は、私の言う印刷業者ではないのです。誇りを持って印刷物を作り、社会に自分の企業の存在価値を確立させて初めて安定し、成長する印刷業者となれるのではないでしょうか。」(今野智吉談)
浮き足立ってはならない。印刷は、どこでやっても同じなどと言わせてはならない。そして、何よりも印刷産業に誇りを持ち続けることが、経営革新の第一歩なのだと諭してくれているようである。